ケインズ経済学批判

1997  福永

 近代経済学において J.M.KEYNES の果たした役割は大変大きい。1936年に発表された「雇用・利子および貨幣の一般理論」は、彼の理論が第二次世界大戦後の資本主義世界の経済に果たした役割から見ても十分に検討してみる必要がある。
 伊藤光晴氏(ケインズ「講談社」)の説明を参考にしながら、若干の考察を加えよう。企業の売上高(P)、原材料費等(U)、生産に直接には関係しない固定的原価償却費(V)、賃金総額(W)および利益(π)の間には次の関係がある。
 π=P-(V+U+W)・・・・・・・・・・・・・・・(1)
 企業として利益が最大になるための条件は、dπ/dP=0 から求められる。もし企業にとって自立的に生産を制御する事ができるとすれば、ここから次の式が求まる。即ち、
 (dW/dP)=1-(dU/dP)・・・・・・・・・・・・(2)
 (1)および(2)式からすぐに次の利益率の減少に関する2つの関係式が得られる。

  d(π/P)/dP=-π/(P*P)<0 ・・・・・・・・・(3-1)

  d(π/W)/dW=-π/(W*W)<0 ・・・・・・・・(3-2)

 ケインズはそれまでイギリスで主流であった非マルクス経済学の流れを受け継ぎ、自らの経済学を次のような財市場・労働市場・金融市場での3つの需要・供給の理論の上に作り上げた。それは、売上高(P)は生産物の単価(p)と生産量(q)の積であり(P=pq)、原材料費等(U)は一個当たりの平均費用(u)と生産量(q)の積であり(U=uq)、賃金総額(W)は労働者一人当たりの平均賃金(w)と労働者数(n)の積である(W=wn)。 p、u、wが変化しないとすれば(2)式から、企業側から見たところの供給価格(p)と平均需要賃金(w)についての2つの式が得られる。
 p=u+w(dn/dq)・・・・・・・・・・・・・・・(4-1)
 w=(p-u)(dq/dn)・・・・・・・・・・・・・・(4-2)
 これらの式のデイメンションレスの形は次の様になる。
 (dn/n)/(dq/q)=(dW/W)/(dP/P)=(P-U)/W=1+(π+V)/W >1・・・(4-3)
 実際の日本の製造業では (4) 式は満たされているだろうか? 次の図1はこのことを調べるために、売上高に対する年間総賃金の対応関係と1992年から1997年までの間のそれぞれの変化の様子を企業ごとに現したものである。図の右側に1992年を基準とした変化率を示す。四隅の数字はその領域にある企業の数である。また上の中間にある数字(224と35)と下の中間にある数字(141と23)は45度から90度までと225度から270度までの企業の数である。
 図の縦軸が年間総賃金であるから、図で示されるものは (dW/W)/(dP/P) である。(4-3) 式が (2) 式と等しいなら、変化率を示す右側の図には45度から90度までと225度から270度までの間に全ての企業が存在しなければならない。また同じ原理が長期にわたって作用しているとすれば売上高に対する年間総賃金の分布関数の勾配は1より大きくなければならない。実際の企業はそのようにはなっていない事は明白である。V に関係して変化があるかもしれないので、固定資産の範囲を制限して求めたものが図の中の緑の○と線で現してある。
 固定資産の範囲を区切ってそれぞれの変化率が1を越える企業の割合を示したものが次の図2である。(4-3) 式を満足する企業の割合である。
 図から明らかなように、λとηはともに0より大きい場合が多いことは確かであるが、1より大きい企業は3分の1程度にすぎない。(4-3) 式は正しくないと結論してよいであろう。 (2) 式が正しくて (4) 式 が正しくないとすれば、理由はただ一つ p、u、w は常数ではなく、p は q の関数として変化する量であることを考慮する必要がある。一般的には、(dU/dP)は P に依存した関数であると言うことである。この点を考慮すれば次の式が得られる。
 P=ξU+ηW・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
 ただし ξ=(dU/U)/(dP/P)、 η=(dW/W)/(dP/P)である。全体としてηが1より小さいとすれば、ξは1より大きくなければならない。この様子を示すのが次の図である。
 図から明らかなように、ηとξの値は1を挟んで両側に分布しており、大まかにはその変化の様子も逆になっているようである。ケインズはξ=1 の場合にη>1 であることを示したが、実際には日本企業のξは1より僅かに大きい。
 ξ>1 は製品一個当たりの平均の原材料費(u)が生産量とともに高くなることは考えにくく、恐らくは売上高(P)の中の生産物の平均単価(p)が変化することを示しているのであろう。η<1 時に得られる重要な結論の一つは、
 d(W/P)/dP=(η-1)W/(P*P)<0・・・・・・・・(6)
であり、労働者の総賃金の売上高に占める割合は限りなく減少する。また、
 [(dn/n)+(dw/w)]/(dq/q)=η/ξ<1・・・・・(7)
となって、雇用の増加率(dn/n)は決して生産の増加率(dq/q)を追い越すことはない。個々の企業の雇用や生産の増加率の平均は全体としての平均の雇用増加率(dN/N) と 生産の増加率 (dQ/Q) に等しく、全体としての雇用と生産の関係を現している。これが今日の日本資本主義の現実である。
続く